研究成果

XENONnT実験での低エネルギー太陽ニュートリノによる電子散乱事象の初観測

暗黒物質探索技術が切り拓くニュートリノ観測の新展開

XENONコラボレーションは、暗黒物質探索実験XENONnTにおいて、太陽で生成された低エネルギーのニュートリノと電子の散乱を初めて観測しました。

太陽から地球へ届く低エネルギー太陽ニュートリノをXENONnT検出器で観測する様子を示した概念図
図1. 太陽で生成された低エネルギーのニュートリノが地球へ到達し、XENONnT検出器内の電子と散乱して、その反跳信号として観測されるまでを示した概念図。 拡大して見る ↗

概要

本研究室から風間慎吾准教授とJunying Huang研究員が参加する国際共同実験XENONコラボレーションは、現在稼働している暗黒物質探索実験XENONnT(ゼノンエヌトン)において、太陽で生成された低エネルギーのニュートリノと電子の散乱を初めて観測しました。国内からは、神戸大学 大学院理学研究科、東京科学大学(Science Tokyo)理学院、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)、東京大学宇宙線研究所、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)、名古屋大学宇宙地球環境研究所(ISEE)が本研究に参加しています。

研究成果

太陽での核融合によって生成されたニュートリノは、太陽から放出される粒子の中で最も数の多いもののひとつです。地球に到達する数は1平方センチメートルあたり毎秒数百億個以上に上りますが、地球上のあらゆる物質とほとんど相互作用することなく通り抜けてしまいます。そのため、ニュートリノの検出には多くの実験的な工夫が必要です。

2026年8月31日、XENONコラボレーションは、イタリアのINFN Laboratori Nazionali del Gran Sasso(LNGS)で開催されたセミナーにおいて、XENONnT検出器内で電子と散乱する低エネルギー太陽ニュートリノの初観測を発表しました。この測定により、直接観測可能なニュートリノのエネルギー領域の下限値が約17 keVまで引き下げられました。これは、これまでに直接観測されたニュートリノとして最も低いエネルギーに相当します。検出された信号は、太陽の核融合のエネルギー源である陽子–陽子融合反応で生成されるニュートリノ(ppニュートリノ)によるものが主体となっています。

XENONnT実験は、未発見の粒子と考えられている銀河の暗黒物質の直接検出を目指した観測を行っています。その中核をなすのは、5.9トンの超高純度液体キセノンを封入した二相式キセノン検出器で、粒子がキセノン標的と相互作用した際に発生する微弱な光や電離信号を検出します。検出器はイタリア、グラン・サッソの地下1,400メートルの岩盤の下に設置され、宇宙線由来のミューオンや中性子を識別・排除する水チェレンコフ検出器に囲まれています。

低エネルギー領域でこのような微弱なニュートリノ信号を素粒子物理学で発見の基準とされる5σ(シグマ)の統計的有意度で検出するためには、ニュートリノ以外の事象(バックグラウンド事象)をこれまでにないほど低いレベルまで抑える必要がありました。最大の課題は、検出器材料から湧き出してくる微量の放射性ラドンによるものです。長年にわたり、XENONコラボレーションは、徹底的な材料選別と、キセノンからラドンを継続的に除去する専用のオンライン極低温蒸留システムを通じて、このバックグラウンドを抑制する技術を開発してきました。これらの技術的進歩は、他のバックグラウンド低減技術や高度なデータ解析戦略と相まって、低エネルギー太陽ニュートリノによって生成される微弱な信号を検出することを可能にしました。

この低エネルギー太陽ニュートリノの観測は、岐阜県飛騨市神岡町の地下実験施設で推進された大型の液体キセノン検出器を用いるXMASS実験が目標としてきた研究課題の一つです。日本からXENONnTに参加する研究者の多くは、XMASS実験で培われた知見と技術を継承しています。特筆すべき点は、その中の若手研究者が発見に至るデータ解析を主導し、本成果の達成に大きく貢献したことです。

今回の成果は、XENONnTの研究対象をさらに広げるものです。XENONnTは、2024年に高エネルギーの太陽ニュートリノと原子核との散乱を観測し、今回は新たに、低エネルギー太陽ニュートリノと電子との散乱を捉えました。これにより、本来の目的である暗黒物質探索を進めながら、同じ検出器を用いて性質の異なるニュートリノ反応を観測できることが実証されました。XENONnTは、極稀な低エネルギー粒子反応を捉える世界最高感度の観測装置の一つとして、ニュートリノ物理学においても重要な役割を担いつつあります。

今回の測定は、LNGSで長年にわたり進められてきた太陽ニュートリノ研究をさらに発展させる成果でもあります。GALLEX/GNOは、放射化学的手法を用いて低エネルギー太陽ニュートリノのフラックスを初めて測定しました。その後、Borexinoは335 keVのニュートリノエネルギー閾値を実現し、太陽ニュートリノ事象をリアルタイムで測定する道を切り開きました。XENONnTはこれらの成果を受け継ぎ、太陽ニュートリノを直接観測できるエネルギー領域を17 keVまで押し広げました。

今後の展開

今回の成果は、極めてまれな粒子反応を捉える技術が、暗黒物質探索にとどまらず、幅広い物理研究を切り拓く可能性を示すものです。XENONnTの建設・運用を通じて培われた高感度の検出技術は、次世代の大型液体キセノン検出器を実現するための基盤となります。

国際共同実験として計画されているXLZD実験の検出器は、XENONnTよりも1桁大きいターゲット質量を有し、世界最高感度での暗黒物質の探索を可能とするとともに、低エネルギー太陽ニュートリノの精密観測も目指しています。ニュートリノ物理学やその他の極稀事象の研究に、新たな可能性を切り拓くものです。

研究者コメント

今回の低エネルギー太陽ニュートリノの観測は、暗黒物質の探索による技術的進歩が、宇宙へのまったく新しい窓を開いたことを示しています。これは、もともと自然界で最も稀な相互作用を観測するために開発された技術が、今や当初の科学的目標をはるかに超えた問題への挑戦を可能にしていることを示しています。

Elena Aprile(コロンビア大学教授、XENONコラボレーション研究代表者)

今回の観測は、低エネルギーニュートリノ観測の新たな領域へ踏み出す、まだ第一歩にすぎません。本研究では、ニュートリノエネルギーの観測下限を約17 keVまで引き下げました。これは、他の検出器と比べても非常に低いエネルギーです。今後は、現在進めている研究開発を通じて放射性物質由来の背景事象をさらに低減し、XENONnT、そして次世代のXLZD実験において、太陽ニュートリノや超新星爆発起源ニュートリノなどの天体ニュートリノを低エネルギー領域で捉えたいと考えています。従来の検出器では十分に探ることのできなかった領域を切り拓き、新たなニュートリノ天文学の開拓につなげていきたいです。

風間 慎吾(東京科学大学 理学院 物理学系 准教授)

付記

日本グループのXENON1TおよびXENONnT実験に関わる活動は、日本学術振興会・科学研究費助成事業(23H00104, 24H00223, 24H02240, 24K00659, 24K23938, 24KK0067, 25H00628)、同研究拠点形成事業(JPJSCCA20200002)、およびJST創発的研究支援事業(JPMJFR212Q)の支援を受け行われています。

お問い合わせ

東京科学大学 理学院 物理学系 准教授
風間 慎吾
XENONnT Collaboration